さよならキャンター!!

.....そしてエルフよ、こんにちわ♪

数々の伝説を生んだ当店の2台積み車、キャンター。
「もうダメだ...。」
と遠征するたびに挫折し、直し、なんとかだましだまし乗ってきましたが
法の排ガス規制には勝てず
とうとう手放す事になりました。(涙)
(っつうか、壊れてたっちゅうのっ!)
暇つぶしにこんなキャンターとの歩みを書いてみました。




★ああ、渡りに船♪
オープンして4年。それまで試合の度に個人個人で自走していたTTの3名は、薄給のあおりでいつもシーズン後半になると交通費でヒィヒィしていました。積載車欲しいなぁ...。でもそんなの買えるお金もありません。「いつかは積載で移動したいね」が半ば夢のように3人の話題に上がっていました。そんな時です。いつも良くしていただいているディーラーの方から「知り合いに積載手放したい人がいるよ」とお話をいただきました。それがダートラ界の親子鷹、コクピットジールの炭山さんの積載車だったんです。あれは忘れもしない年明けすぐの事でした。名古屋までとりに行き非常に破格で譲っていただきました。ちなみにもらったときと今ではそんなに見た目は変わってませんから、念のため!ちょっとぼろくてもなんつったって2台積み!!とても嬉しかったんです。こんな大きい車は見るのもさわるのも初めてで、帰り道、「正月なのに...」と思いながらもすごく緊張して乗って帰ったのを覚えています。

★そのときに
行きで乗っていったハイラックスサーフが重過ぎて、乗せて帰ろうとしたら荷台のスロープが「ベキッ!」
...その年の冬休み明け最初の仕事は、積載のスロープの板金でした。それから今日にいたるまで2ヶ月に一回はどこかが折れて溶接です。

★パワステが...!
効かない!.と点検したらパワステオイルがジャジャ漏れっ!!足した分だけ「ジャーッ」と出るので足すのを止めました(笑)。

★「すきや」事件
浅間台のミドル戦が終わるといつもチーム員のみなさんと成田のココスで夕食にします。その隣に牛丼の「すきや」があるんです...。
その日の帰りはたまたま私が運転席につき、発進しようとしたら出口付近にタクシーがハザードを出して止まっていたんです。
「あ、左側少しよけなきゃ! 」と思った瞬間でした!!「どーんっ!!かがんっ」と地震が!!
「あ、何!?大変!!」と助手席の大槻氏と顔を見合わせ、車を降りようとドアに目を向けた瞬間
「....!」
すきやの中でご飯を食べているお客さんが全員目をまん丸にしてこちらを見て、動きが止まっているのです !
嫌な予感がし、積載を飛び降りて見るとなんと!2台積みの上のゲートがすきやにささっているではありませんか!
っていうか、なんで道路に張り出してちっちゃい屋根があるんだ!?
幸い積載に積んでいた私のMR2は無傷で、大槻氏のFDにもすきやの屋根が少し落ちていただけでした。すきやの屋根はもちろん、地震災害のごとくむちゃむちゃです。そのあとは「忙しくて」なかなか来てくれないおまわりさんを待ってとにかく長い時間が過ぎました。おまわりさんがやっと来てくれても、そのあとすきやの経営者の方との連絡が取れず、結局全部処理が終わったのがてっぺんまわって1時AM過ぎ。
ばたばたしているうちに私が除けようと思ったハザードタクシーもいなくなってしまい、そのうちなんで私は屋根に当たってるんだかさっぱりわからなくなってしまいました。
結局、なぜ「すきやの屋根が道路がわに出ていたか」は、すきやの前にそこはケンタッキーでドライブスルーがあったからだそうです。が、もうそんなことはどうでもよく、その頃には屋根の修理代が心配になっていました。
キャンターは保険に入っていたので心から助かりましたが、後々屋根の修理代は請求60万円!
いまでもココスの帰りにすきやの新しくなった屋根を見上げては郷愁にふけっています。

★水が...!
オーバーヒート気味だなぁ!と点検したらどこからともなく水が蒸発しまくることが判明!!遠征にはペットボトル2本分の水を持ち歩くはめに!

★パンク事件
そんなキャンターですが、ひょんな事から全日本の遠征に借り出されることになりました。ただでさえ、走っていることすら不思議な車になんて過酷なひどい仕打ちでしょう。ストライキ気分のキャンターは後輪をパンクさせることでみんなにアピール。
しかし、ちょうど全日本、広島に向かうところだったためにあえなくJAFを呼ばれて修理されてしまい、撃沈。

訂正がありました!
キャンター君はJAFを呼ばれたのではなく、JHの広場に連れて行かれ、乗っていた大槻氏とJHの人の手によってタイヤ交換されたとのことです。ここでギブアップされていたら、キャンター君は無事に廃車となり、その後の事件を起こさずにすんだかも知れないのに...。

★パンク事件2
「だったら」とキャンター君、今度は私が1人で運転しているときに、ストライキ突入。同じ後輪をパンクさせて大抗議です。私も負けてはいません!ファミレスでご飯を食べながらオートレスキューに連絡。食事しながらパンク修理を待ちました。キャンターのストライキは2回とも不発に終わっり、何事もなかったかのようにまた酷使されるのであった。

北海道遠征
懲りずに遠征に行かされるキャンター。夏になるとお約束のようにエアコンが壊れました。6月にちょうど大槻氏をはじめ男3人で北海道に乗っていったんです。もう考えただけでも地獄絵図でしょ。乗っているのが立派な丸い体の30過ぎ男3人なんですから!!キャンターとしてはパンクで懲りてくれなかったのでエアコンで乗り手にぎゃふんと言わせる作戦だったらしい。帰りにはタービンも詰まって黒鉛もくもくに!!

★最低速度違反
まだ懲りない私達は鈴鹿にまで練習に行きました。その帰りのことです。
「なんかスピードが出ない。あ、本当に出ない。あらぁ...」と大騒ぎしているうちに東名高速道路の上り坂で時速15キロにまで
スピードが落ちた!マフラーからの黒鉛ももくもくで、もう車としての機能はどこまであるのやら...。一般道に下りようか?でも一般道でもこのスピードだと普通のみなさんに迷惑がかかるし、登板車線のある有料道路の方がまだ迷惑もましなのでは!!
だけど、最低速度って50kよんっ!なんて葛藤しながらえんえん50キロになったり15キロになったりを微妙に繰り返して長い長い静岡県を通過。
「高橋尚子ならもう御殿場まで着いてるよなぁ」と嘆いているところに事故処理中のおまわりさんと遭遇。
そしたら事故処理中の車から顔を上げてあんぐりと口開けて見てるんですよ、おまわりさん。しかも顔の表情の変化が怒りに変わるのがわかるぐらいゆっくりと走ってましたから、やっぱりこのときもハンドルを握っていた私は血の気が引きました。
「う〜〜う〜〜」とサイレン。
ああ、こんな坂道で私を止めないで!!
あえなく止められて、おまわりさんとお話です。
一生懸命事情を説明しているうちに鈴鹿から裾野まで11時間半もかかっている事実にかなり同情してくれたのか、心配したおまわりさんは次のパーキングまでキャンターの後を走り赤灯を回してくれていました。10メートル四方視界の効かない黒鉛の中で!(笑)で、パーキングではレッカーも呼んでくれました。
この瞬間、私は泥棒ってつかまるときに「ああ、もうこれで悪いことしなくてすむんだな」っていう安心感があるんじゃないかななんて、心底思っちゃったんです。
最低速度違反。今回は厳重注意をいただきました。

★タービンが...!
不完全燃焼のススで完全につまり、全く回らなくなっていたのが今回の不調原因と判明。10月の排ガス規制まで残り2ヶ月。
どうする?
なんとタービンのハネ、ぶち抜いちゃいました(笑)。詰まっているものをとっちゃったし、回るハネも無くなった!
NAになったキャンター君。80キロもスピードが出るまでに復活!!
ちなみになんだかメンテナンス不良の歴史を書いているような気分になってきました...。

★控えおろうカード
代変え用の積載車をずっと探していたのですが、排ガス規制直前のこの時期、なかなか見つかりません。知り合いに頼んで清水の舞台から飛び降りるつもりで全額ローン。新車の積載車を購入することになりました。
というのも、嫌がるキャンターのおかげて大槻氏の全日本シードが確定。来年から晴れて本物の全日本ドライバーとなった大槻氏の遠征の為には何も積めないFD3Sの代わりに、タイヤも運べる2台積み積載車が1年を通してどうしても必要になってしまったからなんです。
ところが今やトラック業界のバブル時代。頼んだからといってすぐトラックが納車されないことが判明。
「10月過ぎても今、措置をこうじている証明書があればキャンターもまだ走れるよ」との事で、証明書を発行していただきました。
名づけて「控えおろうカード」。

★最低速度違反2
最後のお勤め、JAFカップで富山県まで遠征です。最初は中央道で行こうと思ったものの、登り坂が多いので危険と判断。時間がかかってもと岐阜、北陸道回りで走りました。そしたら結構走るんですよ。60キロぐらい普通に出るので回り道はしていいても今までよりは快適に走れたんです。「ああ、最後になんてすばらしいお勤めをしてくれるんだ!」なんて感激でした。
そこで試合後、長野道で帰ることにしたんです。新潟県よりは急だろうけど、あとは比較的下り坂が多いはずだから....と。
それが悲劇の始まりでした。
あらあら見る間に車速が落ちていくではありませんか!!しかも新潟からの長野道は1車線なんです!!!
「うわっ、やばい。ピンチだよ」「あれ?もう出ないはずなのになんで黒鉛吹いてるの?」「行きはもう少しトルクあったよね?」
「あららエンジン高回転出てないぞっ」とまたもやばたばたしているうちにパーキングで止まっているパトカーと目が合った。
「あ、おまわりさん!! 」「馬鹿、そっち見るな!! 」
私達が見なくてもおまわりさんはしっかりと見ていました。
「う〜〜う〜〜」とサイレン。
ああ、こんな坂道で私を止めないで!!
あえなく止められて、おまわりさんとお話です。
長々と事情を話すとおまわりさんも困った様子で
「まさか1車線だとも知らずに初めて通ったのか...。次で降りてももう山の中だから、その次あたりでは降りてくれな! 」と優しく厳重注意を受けました。
ちなみにその厳しい登り坂を超えてしまうと比較的登板車線もあり50キロぎりぎり付近で走行することができたので、やっぱり11時間半ぐらいかかって平塚まで帰ってくることができました。
私たちの巻き添えで渋滞だと思っていたみなさん。本当にごめんなさい!!

★そして...
全てのお勤めを果たして疲れ果てたキャンターは、店にたどり着いたときにはもう普通に空荷でも走行がおぼつかない状態になってしまいました。2台積みの2階ももう上に上がらなくなっちまいました。そんなだけど彼は最後がすごかったんです。な、な、ななんと次の車の下取り車として30万ものの金額がついていたのです!!
とうとう新車のエルフがおととい納車になりました!!
そしてキャンターは下取り車として最後のお勤めに旅立ちました。
さよならキャンター!
そしてありがとう!!

エルフ君こんにちは♪